温故知新!古くから伝わる伝統薬・家庭薬! 蘇命散 の歴史・効果について解説します。

日本には古くから郷土に伝わる伝統薬・家庭薬が多数存在します。
今ではなかなかお目にかかれないものも多いですが、根強い固定ファンが存在するのもまた事実!魅力ある伝統薬・家庭薬について紹介していきます。

 
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家庭薬ってレトロな雰囲気があってなんだかカワイイんですよね。見た目だけじゃなく現在でも唯一無二の存在で愛されているところが魅力です。蘇命散を名乗る薬は全国に多数あり、婦人薬のカテゴリーで伝統薬なお薬です!

蘇命散

 全国には「 蘇命散 」を名乗る薬が多数あったそう。それだけ古い歴史を持つ家庭薬であったと言えます。そのルーツは女神散(安栄湯)だと言われています。

 松永 弾正(松永 久秀)は、戦国時代〜安土桃山時代の武将。大和国の戦国大名。戦中薬として登場したものが、平時に産前産後のくすりとして転用されたのが始まりと言われます。”命が蘇る”意味を持つ命名も、産婦の命だけでなく戦中薬としての歴史も踏まえたものかもしれません。

数ある「蘇命散」の中で、源流は京都の『奥溪根元蘇命散』、『福田蘇命散』は由緒ある有名薬と伝わります。

女神散、奥溪根元蘇命散、福田蘇命散の構成生薬

奥溪根元蘇命散

 大友宗麟(大友義鎮)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、豊前・豊後(大分県)の戦国大名。キリシタン大名として名高く、宗麟という法号で知られている。洗礼名はドン・フランシスコ。 宗麟の南蛮医学普及に果たした貢献は大きかったようで、孫の中庵は若くして京都に上り医学に師事されたようです。中庵は徳川秀忠の息女である和子が後水尾天皇の中宮となったとき侍医として仕え、そのお産の時に創生したと言われています。京都一条西の京の下屋敷(梅軸軒奥溪以三薬房)の製造する蘇命散は京都で絶大な知名度を誇り、全国にも隠れた愛用者がいたほどの人気があったそう。

福田蘇命散

 古くから特に大阪の家庭薬問屋で「福蘇」の呼び名で通るほど有名だったようです。京都の二条城の近くに「福蘇」の本舗である福田精斎薬房がありました。
初代の春鯨は儒医であったものの、どういった経緯で創生したかは不明。一説には日本書紀に登場する神功皇后が安産した際に用いた薬だという来歴があるとか。または、かの邪馬台国女王の卑弥呼だとする説もある。

 現代と異り、出産に危険が伴う時代。出産にまつわる伝説話も広く認知されていのではないかと想像するとなんとも興味深いといえます。単にマーケティング一環だったのかどうか真偽は不明ですが、それだけの期待感や効果があったからこそ語り継がれてきたのかもしれません。

各製剤のの比較

 ベースとなった女神散(安栄湯)、奥溪根元蘇命散、福田蘇命散を比較しています。血の道症状はその根幹が瘀血(血の巡りが悪いこと)によって症状を発します。蘇命散はそれぞれ、婦人薬の主役となるトウキ、センキュウは勿論、鎮静や水分バランス調整、駆瘀血を意図した処方設計となっていることがわかります。

現代での使用は残念ながら不可

 現在は双方共に製造をしていないようです。現物は家庭薬資料館などにしか無いかもしれません。現代の医療水準から比べると産前・産後、婦人症状の改善ニーズは非常に高く、だからこそ人々に有用性をみとめらて、長く伝承されたのかもしれません。使用のお試しとしてはベースとなった女神散であれば購入が可能となっています。

以上です。
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